北海道と天武天皇

 本州、四国、九州等より小さく、各都道府県より大きな地方名に山陰、山陽、北陸、東海という呼び方がある。この呼び方は古代日本の律令制における行政区画である五畿七道(ごきしちどう)の制度に由来する。中国の制度に倣ったものでありその原型は天武朝に成立したといわれている。
 五畿七道は次のような行政区分である。

五畿 (大和・山城・摂津・河内・和泉)
東海道(ほぼ現在の関東、東海地方)中路
東山道(ほぼ現在の東北地方) 中路
北陸道 小路
山陰道 小路
山陽道 大路
南海道(ほぼ現在の四国、和歌山県)小路
西海道(ほぼ現在の九州)小路

 五畿七道は明治維新まで長らく変更は無かったが現在は五畿八道となっている。明治2年(1869)、蝦夷地に新たに北海道が置かれたためである。明治政府は蝦夷地を新たに北海道と名づけ五畿七道の延長線上に置くことによって蝦夷地すなわち北海道が正式に日本国であることを宣したのである。

 明治2年(1869年)に天皇の詔により、北海道開拓の守護神として、大国魂神・大那牟遅神・少彦名神を祀る北海道鎮座祭が東京で行われ、その後北海道開拓の守護神として三神が札幌の地に移され、北海道開拓の精神的拠り所とされた。。

 明治4年(1871年)に札幌に社殿を建て、社名を札幌神社と定めるとともに国幣小社に列せられ、翌明治5年(1872年)には早くも官幣小社に昇格した。明治32年(1899年)には、官幣大社へと昇格している。戦後は神社本庁の別表神社となった。札幌神社は昭和39年(1964年)に明治天皇を合祀し、社名を現在の北海道神宮へと改めている。

 北海道の守護神として大国魂神(日本書記によれば大国主神のこと)・大那牟遅神すなわち天武天皇が選ばれたのは北海道という名称が天武天皇の国造りの延長線上にあるからであろう。

 天武天皇の国造りの意志は1200年後の明治維新まで貫かれたのである。