●百済王神社と百済寺跡

○百済王神社

 百済王神社は大阪府枚方市に鎮座する百済王氏の祖霊を祭る神社である。祭神は百済国王と進雄命(スサノヲ、牛頭天王)である。

 百済滅亡後、日本に亡命した百済王族の善光は天皇から百済王(くだらのこにきし)の姓を賜りその臣下となった、その曾孫である百済王敬福は陸奥守に任ぜられ、749年陸奥国小田郡で黄金が発見されこれを朝廷に献上した。その功によって敬福は従三位・宮内卿兼河内守に任じられ、百済王氏の本拠を難波から河内に移した。その後当地に氏寺として百済寺、氏神として百済王神社が造営されたのが始まりである。

 隣に百済寺跡がある。

  
 こじんまりとした神社であるが境内は清掃が行き届いていて気持ちがよい。取材中も次々に参拝者が訪れていた。地元では人気のある神社なのだろう。

  
 現在の拝殿は平成13年(2001)に新しく建立されたもの。旧拝殿は現在の拝殿の向かって右側に移築されている。

  
 拝殿に掲げられた扁額 百済国王はともかく、なぜ牛頭天王までもが祀られているのかは本HPをよくお読みいただければすぐ理解できるはず。

  
 本殿は春日造。この本殿は文政10年(1828)に春日大社の本殿を移築したもの。いわゆる『春日移し』の一つである。

○百済寺跡

 百済寺跡は、大阪府枚方市にかつてあった百済寺の跡である。百済王神社と同じころ頃に百済王敬福によって建立されたとされる。幾度の火災によって建築物は現存しておらず基壇と礎石が残るのみである。

 昭和16年(1941)に国の史跡に指定され、更に昭和27に特別史跡に指定された。その後1965年から1967年にかけて全国初史跡公園としての整備された。

  
 伽藍配置は金堂、講堂、食堂を中心に、東西2つの塔を取り巻いて回廊が金堂に繋がっている。薬師寺とよく似ているが薬師寺の回廊は金堂ではなく講堂に繋がっている。

  
 東塔跡

  
 西塔跡

  
 東塔跡の残る礎石

  
 金堂東の回廊跡 礎石は比較的よく残っている。

  


  
 西回廊跡 木の向こうの塀と建物(旧拝殿)は百済王神社