●吉田神社


 吉田神社は貞観元年(859)、藤原北家の流れをくむ藤原山蔭が奈良の春日大社四座の神を勧請し、一門の氏神としたのが始まりである。その後、平安京における藤原氏全体の氏神として崇敬を受けるようになり、朝廷からも篤く崇拝された。

 鎌倉時代、神職は卜部氏(後の吉田氏)が相伝するようになった。室町時代末期の文明年間(1469年 - 1487年)には吉田兼倶が吉田神道(唯一神道)を創始し、その拠点として文明16年(1484年)、境内に末社・斎場所大元宮を建立した。近世初めには吉田兼見が、かつて律令制時代の神祇官に祀られていた八神殿(現在はない)を境内の斎場に移し、これを神祇官代とした。吉田家は地方の神社に神位を授け、また全国の神社の神職の任免権などを与えられて神道界に大きな力を有し、明治になってその権威を否定されるまで神道界をリードした。


  
 吉田神社は京都大学キャンパスのすぐ東に位置している。そのためかどうかはわからないが京大志望の受験生が合格祈願に行くと必ず落ちるというありがたくない都市伝説がある。

  


  


  


  


  


  


  
 吉田神社といえばこれ。大元宮である。

  
 

  


  
 大元宮は前から見てもユニークだが斜め後ろから見る姿はさらにユニークである。