●飛鳥寺


 飛鳥寺は蘇我氏の氏寺で、日本最古の本格的寺院として著名な寺である。

 飛鳥寺は正式には「法興寺」または「元興寺」(がんごうじ)と呼ばれ、平城遷都とともに今の奈良市に移り、その寺は「元興寺」と称されている。本尊は釈迦如来、「飛鳥大仏」と通称されている。開基はいうまでもなく蘇我馬子である。山号を鳥形山と称する。

 法興寺の後身として蘇我馬子の建立した法興寺中金堂跡に建つ今の寺は真言宗豊山派に属する「安居院」(あんごいん)であるが飛鳥寺の方が通りがよい。

 昭和31年から32年にかけて発掘調査され、創建当初の法興寺は五重塔を囲んで中金堂、東金堂、西金堂が建つ一塔三金堂の壮大な伽藍であることが判明し、その伽藍配置は「飛鳥寺式伽藍配置」として知られている。「日本書紀」によると、法興寺は用明天皇2年(587)に蘇我馬子が建立を発願し、推古天皇4年(596)11月に完成したとされるが本尊の釈迦三尊像が完成したのはそれから9年後のことなので完成時期については諸説ある。

  
 駐車場から見た「安居院」の門と本堂

  
 入口に立つ「飛鳥大仏」の石碑は寛政年(1792年)に建てられたものである。

  
 本堂全景 本堂は江戸末期の文政8年(1825年)に再建されたもので、創建当時の本堂とは大きく異なる。しかし発掘調査により現在の飛鳥寺本堂は馬子の建てた法興寺中金堂の跡地に建てられていることが判明した。

  
 右側に本堂の入り口がある。

  
 塔跡 「日本書紀」には推古天皇元年に「法興寺の刹柱(塔の心柱)の礎の中に仏舎利を置く」との記事があるが、昭和32年の発掘調査で塔跡の地下に埋まっていた塔の心礎に記事どおりに舎利容器が埋納されていたことが判明した。

  
 「安居院」の桜

  
 堂内に掲げてあった創建当時の伽藍復元図

  
 飛鳥寺の本尊の釈迦如来。飛鳥大仏として知られる。鞍作鳥の作。鞍作鳥は、法隆寺金堂の本尊、釈迦三尊像の作者である「司馬鞍首止利」(しばくらつくりのおびととり)と同一人物とされる。当初は法隆寺釈迦三尊像と同様の三尊形式だったが両脇侍像は失われ、この像も建久7年(1196)の落雷による火災で大破、当初の部分は顔の上半分、左耳、右手の第2・3・4指のみといわれる。

  
 現在の像はかなり補修が加えられたものであるが、亀裂を粘土で埋め紙を張って墨を塗った部分などがあるなどその補修は劣である。しかし胸前に結び目のあるその服制は古様と思われ、当初の像の形を踏襲しているといわれている。飛鳥時代前期の仏像として貴重なものであり、重要文化財に指定されている。

  
 まさに満身創痍であるが発掘調査の結果、仏像の位置は創建当時と同じ位置であることが判明している。

  
 西門跡から見た甘樫の丘。乙巳の変において中大兄と鎌足はこの飛鳥寺に陣を構えたが、蝦夷と入鹿の館があった甘樫の丘は寺からは目と鼻の先である。

  
 西門跡の説明板

  
 この五輪塔は「蘇我入鹿の首塚」と言われているが俗説であろう

  
 飛鳥寺の周りにはのどかな田園風景が広がる。