●三輪山 その1

 三輪山は、奈良県桜井市にある、標高467.1m、周囲約16kmの山である。三諸山(みもろやま)ともいい、大和を代表する神奈備である。

 この一帯を中心にして箸塚古墳、纒向遺跡などの数多くの古墳、遺跡が存在しすることから大和王権の初期の政権がこの地に存在したと考えられている。

 ここではこの三輪山周辺に数多く存在する古社のうち大神神社、石上神宮、大和神社を紹介する。

○大神神社

 大神神社(おおみわじんじゃ)は三輪明神、三輪神社とも呼ばれ大和国一宮としてよく知られる。延喜式の式内社(名神大)、中世には二十二社の中七社のひとつとされ、旧社格は官幣大社である。古来より朝野から厚く信仰されていて、摂末社も数多い日本有数の大神社である。

 大物主大神を主祭神とし大己貴神、少彦名神を配する。日本国内で最も古い神社のうちの1つであると考えられており、神社自身も「日本最古の神社」と称している。

 三輪山そのものを神体とする神社であり、今日でも本殿をもたず、江戸時代初期に建てられた拝殿のみという古い祭祀形態を残していると言われている。

 大神神社の公式HP:http://www.oomiwa.or.jp/

  


  


  
 拝殿前には二本の柱の間に注連縄を渡した注連柱が立つ。

  
 拝殿は、寛文4年(1664)徳川4代将軍家綱によって造営された大きなものである。この拝殿の奥に三ツ鳥居がある。共に重要文化財に指定されている。

  
 拝殿の左右には、2つの建物が付属し、向かって右に勅使殿、左が勤番所。

  
摂社 狭井神社(狭井坐大神荒魂神社) 祭神は大神荒魂神。この社に至る参道は「くすりの道」とも呼ばれ、参道両側の灯篭は製薬会社の寄進したものが多い。



  
 ここが三輪山の登山口である。狭井神社の社務所で入山料を払い、神社から受けたたすきをかけて入山する。三輪山での写真撮影はできない。

  
 狭井神社の拝殿の左後に狭井と呼ばれ、万病に薬効があると言われている湧き水があり、結構多くの人が水を汲んでいた。

  
 桜と三輪山 美しい円錐形の山である。

  


  
摂社 若宮社(大直禰子神社)  明治の廃仏毀釈までは大神寺あるいは大御輪寺と呼ばれ、大神神社の神宮寺であった。現在聖林寺にある十一面観音菩薩立像を本尊としていた。祭神 は大直禰子、少彦名命、活玉依姫命。

  
 本殿 元来が寺だけあって神社とは思えないような建物である。この建物にあった本尊が聖林寺(桜井市)の十一面観音立像(国宝)である。

  
摂社 檜原神社 三輪山を語るとき忘れてはならないのがこの神社である。

  
 檜原神社は社殿も拝殿もなく、三ツ鳥居があるだけの神社である。

  


  
 参道の向こう側にうっすらと二上山が見える。

  
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○大和神社

 大和神社(おおやまとじんじゃ)は、奈良県天理市に鎮座する神社である。式内社(名神大社)、十六社・二十二社の一社で、旧社格は官幣大社。


  


  


  
 戦艦大和には同名ということで艦内に当社の分霊が祀られていたが、その縁もあって沖縄特攻の全戦死者がこの祖霊社に祀られている。

  


  


  
 

○石上神宮

 石上神宮(いそのかみじんぐう)は奈良県天理市に鎮座する神社である。式内社(名神大社)、中世には二十二社のひとつ、旧社格は官幣大社であった。非常に古い歴史を持つ神社で『日本書紀』に神宮と記されているのは、伊勢神宮とこの石上神宮だけである。


  


  
 参道が楼門に並行する形で付いているのは珍しい。

  
 楼門(重要文化財) 文保2年(1318)建立



  


  


  


  


  
 出雲建雄神社割拝殿(国宝) 内山永久寺鎮守の住吉神社拝殿であったが廃仏毀釈の際に破却されずに残っていたものをものを1914年に現在地に移築したもの。内山永久寺唯一の遺構である。

  
 内山永久寺跡 内山永久寺は奈良県天理市杣之内町にあった寺院で、浄土式回遊庭園を中心に多くの伽藍を備える大寺であったが、廃仏毀釈により明治期に廃寺となった。廃仏毀釈の烈しさを語るときこの寺のことがよく引き合いに出される。

  
 寺の敷地の大半は現在では農地となり、本堂池が残るのみである。

  
 地元では桜の名所として知られている。