●東寺と伏見稲荷

○東寺

 東寺は、京都市南区九条町にある東寺真言宗総本山の寺である。「教王護国寺」とも呼ばれている。

 8世紀末、平安京の正門にあたる羅城門の東西に王城鎮護の寺として「東寺」、「西寺」という2つの寺が建立された。延暦15年(796年)に東寺は建てられたが弘仁14年(823年)、真言宗の宗祖である空海は、嵯峨天皇から東寺を賜った。

 真言密教の根本道場として栄え、その後も「お大師様の寺」として庶民の信仰を集め今に至っている。昭和9年(1934年)に国史跡に指定され、平成6年(1994年)には「古都京都の文化財」として世界遺産に登録された。

 毎月21日の縁日には東寺境内に骨董市が開かれ「弘法市」「弘法さん」として多くの人で賑わう。

 東寺のHP:http://www.toji.or.jp/

  
 南大門(重要文化財) 明治28年(1895年)、三十三間堂の西門を移築したものである。南大門前は九条通、国道一号線でもあるので交通量はかなり多い。

  
 南大門から金堂を見る。

  
 金堂(国宝) 本尊の薬師如来坐像と日光菩薩、月光菩薩の両脇侍像が安置されている。東寺が空海に下賜された弘仁14年(823年)には完成していたと考えられ、密教系の寺院にもかかわらず本尊が薬師如来なのはそのためと言われている。当初の金堂は文明18年(1486年)の土一揆で焼失し、現存の金堂は慶長8年(1603年)、豊臣秀頼の寄進によって再建したものである。

  
 金堂裏に講堂があるが現在は修復中。国宝の仏像のほとんどは講堂内に安置されている。

  
 境内はよく整備されていて花壇などもたくさん設けられているので公園のような雰囲気。境内を散策するだけでも楽しい。

  
 金堂横から見た五重塔

  
 五重塔(国宝) 高さ54.8メートル、木造の塔としては日本一の高さを誇る。天長3年(826年)空海により建てられたが何度も消失し現在の塔は5代目。寛永21年(1644年)、徳川家光の寄進で建てられたものである。

  


  


  


  
 食堂 江戸時代再建の食堂は昭和5年(1930年)に火災で焼失し、現在の建物は昭和9年(1934年)に再建されたものである。宝物館の千手観音立像は食堂の旧本尊。昭和9年の火災で焼損したが、昭和40年(1965年)に修理された。

  


  


  


  


  


  
 南大門を入った左側にある東寺の鎮守。明治元年(1868年)に焼失したが平成4年(1992年)に再建された。

  
 東寺は「教王護国寺」とも称しているがどちらも正式名称である。一般的には「東寺」が使われ、宗教法人としては「教王護国寺」と使い分けられている。

  
 京都の代表的な観光地だけあって外国人の数も多い。


  
 観智院 北大門を出てすぐ右側にある。東寺の塔頭寺院。客殿(慶長10年の建立)は桃山時代の典型的な書院造りの建造物として国宝に指定され、上の間に宮本武蔵筆といわれる「鷲の図」などの襖絵がある。

  
 客殿南の庭園は「五大の庭」と呼ばれている。

  
 庭園はよく整備され美しい。

○伏見稲荷大社


  


  


  


  


  


  


  


  
 本殿は修理中。まもなく色を塗り直した美しい社殿がお目見えするはずである。

  


  
 稲荷神社といえば赤い鳥居。ぎっしりと建ち並んでいる様は壮観である。

  
 奥社奉拝所の奥には「おもかる石」という石がある。持ち上げた時、重さが予想より軽ければ願いが叶い、重ければその願いは叶わないのだそうである。

  
 奥社奉拝所の拝殿横に狐の顔の形の面白い絵馬が掛けてあった。

  
 木製の鳥居は朽ちてくると撤去され、その跡に新しい鳥居が建てられる。ほとんどが平成以降のもので昭和の鳥居はわずかしかない。

  


  
 江戸時代の国学者として知られる荷田春満は当社の社家出身。境内には荷田春満の旧宅が保存されている。

  
 荷田春満の旧宅の隣には荷田春満を祭神とする東丸神社(あずままろじんじゃ)があり、学問の神様として信仰されている。塀は合格祈願の絵馬と千羽鶴でいっぱいである。受験生とその親の必死な思いが伝わってくる。