●京都神社巡り


○平野神社

 平野神社は京都府京都市北区に鎮座する神社である。式内社(名神大)で、中世には二十二社の一社、旧社格は官幣大社であった。天皇家の崇敬は厚く、例大祭には皇太子が奉幣する定めになっていたという。

 祭神は第一殿に今木神、第二殿に久度神、第三殿に古開神、第四殿に比売神の4柱である。元々は平城京に祀られていたのを桓武天皇による平安京遷都にともない勧請したしたものである。

 京都市内にあるため応仁の乱をはじめとする戦乱によりたびたび社殿が焼失、そのたびに再建を繰り返した。現在の建物は江戸時代以降の造営である。

 平野神社のHP:http://www.geocities.jp/daa01397/

  
 参道

  
 鳥居に掲げられた「平野皇大神」の扁額は2005年の鳥居修復までは「平野大社」だった。

  
 参道の左側にある桜池。池というものの水は干上がり、あまり整備はされておらず荒れた感じ。

  
 神紋は桜、平野神社は桜の名所としても知られている。平安時代花山天皇が境内に桜を植えたのが起源とされ、4月10日には平野桜祭りが催される。

  
 拝殿は、東福門院よりの寄進。拝殿に、飾られた三十六歌仙絵は、平松時量卿の寄進で、書は近衛基煕公、絵は海北友雪のものである。


  
 現在の社殿は寛永年間の造営。春日造の社殿を4つ並べ、2殿づつが連結された独特の様式で、「比翼春日造」あるいは「平野造」と呼ばれる。重要文化財。

  
 本殿前から拝殿を見る。

  
 近くの北野天満宮に比べ参拝客ははるかに少ない。私以外には修学旅行の小学生だけだった。


○梅宮大社

 梅宮大社は、京都市右京区に鎮座する神社である。式内社(名神大社)、中世には二十二社の一社、旧社格は官幣中社、現在は神社本庁に属さない単立神社である。梅宮大社と称するようになったのは戦後のことで旧称は梅宮神社。

 祭神は酒解神、酒解子神、大若子神、小若子神を主祭神として本殿に祀り、相殿に嵯峨天皇、その子の仁明天皇、嵯峨天皇の后の橘嘉智子(壇林皇后)、橘嘉智子の父の橘清友を祀る。

 県犬養三千代により橘氏の氏神として山城国相楽郡に創建されたのが本社の起源。平城京遷都の際に、県犬養三千代の娘の光明皇后と牟漏女王によって奈良に遷座、さらに木津川の上流に遷座した。平安遷都の際、橘氏出身の壇林皇后によって現在地に遷座されたという。

  
 梅宮大社は四条通から狭い路地を北に少し行ったところにある。1kmほど西に松尾大社がありその中間を桂川が流れている。

  


  


  
 お百度石があった。

  


  
 天皇社に素戔嗚尊、薬師社に大己貴神が祀られているのが実に興味深い。


○松尾大社

 松尾大社は、京都市西京区に鎮座する神社である。式内社(名神大)、中世は二十二社の一社、旧社格は官幣大社であった。梅宮大社同様戦前は松尾神社。

 祭神は大山咋神と中津島姫命。

 『古事記』に「亦の名は山末之大主神。此の神は近淡海国の日枝の山に坐し、亦葛野の松尾に坐して、鳴鏑を用つ神ぞ」と記されている。ちなみに大山咋神と大己貴神は同神と言われている。

 大宝元年(701)、秦忌寸都理(はたのいみきとり)が現在地に社殿を造営し、平安遷都により、皇城鎮護の神として崇敬されるようになり、明治まで秦氏が当社の神職を務めた。

 酒造の神としても広く信仰されている。

 松尾大社のHP:http://www.matsunoo.or.jp/


摂社 月読神社本社と、摂末社の四大神・衣手・三宮・宗像(市杵島姫命)・櫟谷(いちたに、奥津島姫命)・月読(月読尊)の各社を併せて松尾七社という。このうち月読神社と櫟谷神社(現在は宗像社と合祀されて櫟谷宗像神社)は式内社である。

境内に点在する庭園は、近代の作庭家、重森三玲晩年の作であり、同氏築庭、あるいは近代の日本庭園を代表するものの一つである。

[編集] 文化財
重要文化財
•本殿
屋根は「松尾造り」と呼ばれる両流造りの構造で、この様式の社殿は宗像大社、厳島神社と当社のみである。現在のものは応永11年(1397年)の建立で、松尾造り社殿の中では最古である。
•木造神像 3躯(男神2、女神1)


  


  


  


  


  
 松尾大社は酒造りの神様として知られ、全国の酒造業者からの崇敬を集めている。

  


  


  


  


  
 境内にはお酒の資料館がある。酒造に関する様々なものが展示してあり入場は無料である。