●纒向古墳群


 纒向古墳群は、奈良県桜井市、三輪山の西麓に広がる古墳時代前期初頭の古墳群である。前方後円墳発祥の地とみられている。以下の6基の前方後円墳からなっている。

 纒向石塚古墳  
 纒向矢塚古墳  
 纒向勝山古墳   
 東田大塚古墳  
 ホケノ山古墳  
 箸墓古墳

 この内箸墓古墳を除く5基の古墳は「纒向型前方後円墳」とも呼ばれ、帆立貝のような形状で、以下のような共通の特徴を有している。

 後円部に比べ前方部が著しく小さく低平である。
 墳丘全長・後円部直径・前方部の長さの比は、正しく3:2:1を原則としている。
 後円部は、扁球・倒卵か不正円形で正円形でない。
 周濠を持つ古墳は、前方部が狭い。

 箸墓古墳は他の5基とは隔絶した規模を持ち、最初の本格的前方後円墳としてよく知られている。


○ホケノ山古墳

 ホケノ山古墳は全長約80m、後円部は径約60m、高さは約8.5m、前方部は長さ約20m、高さ約3.5mの、前方部を南東に向けた前方後円墳である。墳丘の表面には葺石を持ち、周囲には周濠が巡らせてあった。築造時期は箸墓古墳の少し前、魏志倭人伝に記された邪馬台国とほぼ同時代の古墳と考えられている。

 1999年9月に奈良県立橿原考古学研究所と桜井市教育委員会によって発掘調査が行われ、後円部中央に「石囲い木槨」が検出された。「石囲い」部分は、長さ約7m、幅約2.7m、その中に長さ約5mのコウヤマキ製の刳抜式木棺を納めていた。

 その他画文帯神獣鏡、素環頭大刀1口を含む鉄製刀剣類11口、銅鏃約60本、鉄鏃約60本など、副葬品は質、量ともに大変豊富で古代史研究に貴重な成果をもたらした。

  
 表面には葺石が施され、前方部が低いのがよくわかる。

  
 後円部は3段築成である。

  
 墳頂部から前方部を見たところ。前方部裾付近にあるのは、葺石を一部破壊して設けられた埋葬施設である。

  
 古墳頂部から見た箸墓古墳。集落を挟んで約400mの近さである。

○箸墓古墳
 
 箸墓古墳は全長約278メートル、後円部の径約150メートル、高さ約30メートル、前方部は前面幅約130メートル、高さ約16メートルの出現期の前方後円墳としては大きな規模を誇り著名な古墳である。

 出現期古墳の中でも最古級と考えられており3世紀半ばすぎの大型の前方後円墳である。建造時期や大きさなどから卑弥呼の墓に見立てられることも多いが、未だその確証は無い。

  


  


  


  


  

○纒向石塚古墳

  


  


  

○纒向勝山古墳

  


  


○纒向矢塚古墳


  


  


  
 手前の森が纒向矢塚古墳、奥に見えるのが纒向勝山古墳である。

  
 中央に纒向矢塚古墳、左に纒向勝山古墳、右遠方に箸墓古墳

○東田大塚古墳